このページでは、「建築設備設計基準」(Ref1)の具体的な計算例である「建築設備設計計算書作成の手引」(Ref2) における2階「ACU-2」系統につき、HASPEE(Ref3)の計算方法を採用したエクセル負荷計算により実際に計算した結果と、「建築設備設計計算書作成の手引」における計算結果との比較を行います。
(このページにおけるHASPEE方式の計算は、「エクセル負荷計算」Version 1.15 で行っております。)

【計算条件】 ■計算箇所
 「建築設備設計計算書作成の手引」の2階の計算例で、ACU-2(標準形空調機)の場合とします。
■気象データ
 HASPEEの気象データを使用し、ガラス日射熱取得、実効温度差、庇の影響を考慮した日照面積率は建物方位角による補正を行います。
 また、実効温度差の計算に用いる応答係数は壁タイプによるものとし、
 日射負荷計算時の直散分離天空モデルは「渡辺モデル」(Ref4)
 「建築設備設計基準」に合わせるため Albedo=0 として地物反射日射を無視します。
■内部負荷
 エクセル負荷計算では、「標準室使用条件」(Ref5)の内部負荷データを使用することを標準としていますが、
 純粋に気象条件と計算方法による比較を行うために、すべて「建築設備設計基準」の内部負荷データを使用します。
■送風機発熱負荷
 エクセル負荷計算では、ファンによる発熱は静圧と静圧効率から具体的に計算することとしていますが、
 ここでは「建築設備設計基準」に従い、送風機負荷係数として1.05を冷房顕熱負荷の合計に乗じて概算しています。
■ガラス面積比
 HASPEEでは、窓面積にに対するガラス面積の比率を考慮していますので、
 本計算においてもガラス面積比率=0.85として計算しています。
■隙間風負荷
「様式 機-4」では、室内を正圧(陽圧)に保てない場合のみ算定を行うこととしてあり、
「建築設備設計計算書作成の手引」の例題では計算していないため、エクセル負荷計算においても考慮しません。
【比較その1】ガラス透過日射熱取得 まずは「負荷計算の問題点」のページの【問題点2】で取り上げたガラス日射熱取得について比較します。
表1は所長室のガラス透過日射熱取得についてまとめたものです。

「建築設備設計基準」ではガラス面標準透過日射熱取得の表は7月23日となっています。 一方でHASPEEの計算方法によるエクセル負荷計算では、「負荷計算の問題点」のページの【問題点2】で問題にした通り、 顕熱負荷の最大値は、太陽高度角が小さい秋口のデータ基準であるJs-t基準で計算した値であるため、太陽位置の計算日は9月15日です。 この太陽位置の差が、大きく影響します。すなわち、7月23日に比べ、9月15日において、太陽高度角は17.1[°]小さく、太陽方位角は0.3[°]東向きになっています。 このことにより、ガラスに対する入射角による影響はもちろんのこと、外壁の実効温度差に与える影響も多少出ています。 「建築設備設計基準」のデータはBouguerの式で計算された概算値であるため、観測データを直散分離して導出しているHASPEEのデータとは性質が違いますが、 表1におけるガラス透過日射熱取得の大きな差は、太陽位置の違いによるところが大きいのです。さらに、「建築設備設計基準」の計算方法は、 コンピュータを用いることなく誰もが計算可能なように考えられた優れたものですが、それがゆえに、建物方位角に対するtanφ、tanγなどを補正せずに計算します。 この建物方位角に対するtanφ、tanγの差が日照面積率に対しても誤差をもたらします。 このような要因により、エクセル負荷計算ではガラス面積比率を0.85としてガラス面積を小さく評価しているにもかかわらず、所長室のガラス透過日射熱取得は 「建築設備設計基準」の計算方法による計算結果671[W]に対して、エクセル負荷計算の計算結果は1,221[W]となり、大きな差になっています。
【比較その2】蓄熱負荷を考慮した室内顕熱負荷 次に「負荷計算の問題点」のページの【問題点4】で取り上げた蓄熱負荷について比較します。
表2は「建築設備設計計算書作成の手引」の2階の計算例で、ACU-2系統の空調機の負荷についてまとめたものです。
ただし室内負荷のみで、外気負荷は含みません。

「建築設備設計基準」においては、暖房時の蓄熱による立ち上がり時の負荷は「間欠運転係数」として1.0~1.1を乗じることとしています。 また、冷房時の蓄熱負荷は日射の影響を受けている面のみ1.1 を乗じることとしています。本例では1.0です。 一方でHASPEEの計算方法を採用しているエクセル負荷計算では、「実用蓄熱負荷」として、具体的に蓄熱負荷を計算しています。 「実用蓄熱負荷」の計算方法は、HASPEEにおいて初めて示されたのもであるため、まだほとんどの熱負荷計算方法が採用していません。 そこで本例における実用蓄熱負荷の計算値を「間欠運転係数」に置き換えた場合を計算すると、冷房時は 1.15 、暖房時は 1.17 と大きな値となっています。
従来、蓄熱負荷はあまり重要視されておらず、根拠のはっきりしない数値を用いてきた理由は定かではありませんが、 おそらく、空調に関する基本的な理論が、主に米国から学んだものであり、米国においては間欠運転という考え方がなかったからであると思われます。 それにしてもこの大きな値、従来の間欠運転係数からはかけ離れた数値であり、一見大きすぎるように見えるかもしれません。 しかしながらよくよく考えてみると、例えば8時間空調の場合、予冷、予熱運転時間を含めても、空調機が稼働しているのは10時間程度であり、 残りの14時間は空調停止状態のまま構造体や家具に蓄熱され、空調運転開始とともに放熱が始まるわけです。このとき放熱しやすいもの、 例えばスチール家具などが多ければ、その分空調運転開始時刻における負荷もそれなりに大きいわけであり、なんとなく直感できるのではないでしょうか。 ところで表2においてはもう一点注目すべきことがあります。
それは、「建築設備設計計算書作成の手引」では冷暖房とも余裕係数=1.05とし、さらに暖房負荷には冬季方位(南側と北側の平均値で約1.05)を乗じていることです。 これにより、ことに暖房負荷においては、蓄熱負荷(間欠運転係数)を小さく見積った分を、たまたまちょうどよく相殺していることになっています。 これは「先人の知恵」というところでしょうか。
【比較その3】空調機容量決定用の負荷 次に、空調機容量決定用の負荷について比較します。
表3は、表2と同じく「建築設備設計計算書作成の手引」の2階の計算例で、ACU-2系統の空調機の負荷についてまとめたものです。
ただし室内負荷のみで、外気負荷は含みません。

さて、空調機の容量を決定する際の冷房顕熱負荷についてまとめると、 やはりガラス透過日射熱取得の影響が非常に大きく、さらに冷房時の蓄熱負荷の影響も合わせて考慮したエクセル負荷計算による計算結果は、 「建築設備設計基準」の計算方法による計算結果を大きく上回るものとなっています。 また逆に、暖房負荷は小さくなっています。
【比較その4】熱源負荷 本例においてエクセル負荷計算が計算した熱源負荷と、「建築設備設計基準」の計算方法で計算した熱源負荷を比較したものが表4です。

冷房負荷に関しては、表3の空調機負荷では、エクセル負荷計算による計算結果と「建築設備設計基準」による計算結果の間には大きな差がありましたが、 表4の冷房熱源負荷にはそれほど大きな差が見られません。 その要因の一番目は、熱源負荷の集計方法による違いです。下の表5-1、表5-2をご覧ください。 おなじみの「様式 機-13」をデフォルメした形式にしてあります。
空調機の容量は、まず室内の顕熱負荷が最大となる時刻の値を用いて送風量を決定します。これは、顕熱負荷の処理能力のバランスが、風量により決定してしまうためです。 具体的には、1台の空調機で複数の部屋を空調しなければならない場合、各部屋の最大顕熱負荷を集めなければ、特定の部屋が風量不足になります。 さらに、外気負荷は外気と部屋の比エンタルピ差が最大となる時刻の値を用いざるを得ません。これはコイルの能力が不足しないようにするためです。 ところが、熱源負荷を同様の方法で集計すると、外気負荷の分が明らかに過大になります。 そこでエクセル負荷計算では、冷房時の熱源負荷の集計を行う際は、時刻別の室内負荷と時刻別の外気負荷を加えて、その合計値がピークとなるデータ基準および時刻の値を採用します。 ところで、表2における空調機容量決定用の室内冷房負荷を見ると、エクセル負荷計算と建築設備設計基準では15%近くも違うのに対し、外気負荷を含めた熱源負荷はほぼ同一です。 これは集計方法の差による要因だけでなく、外気条件の違いによる部分があります。
すなわち、二番目の要因は、熱源負荷のピーク値を与えるデータ基準の差です。本例では冷房熱源負荷のピークはh-t基準12時となっています。 h-t基準の太陽位置は8月1日であり、太陽高度角が大きいため、ガラス透過日射熱取得が小さいのです。 しかしながら外気負荷を含めた場合、外気の比エンタルピによる影響が大きいため、結果として冷房熱源負荷のピークがh-t基準になったわけです。 比エンタルピを比較してみると、「建築設備設計基準」が外気負荷計算に採用しているピーク値は82.6 [kJ/kg]、12時の乾球温度34.7[℃]と絶対湿度18.6[g/kg]から計算しても82.4[kJ/kg]、 これに対しエクセル負荷計算が使用しているHASPEEデータではh-t基準で 81.6 [kJ/kg]とやや小さくなっています。
暖房負荷に関しては室内負荷、外気負荷ともにHASPEEの方法による計算結果の方が小さくなっています。
【空調機器選定に関して】現実の空調機器選定時の事情 本例においては、HASPEEの計算方法を用いたエクセル負荷計算が計算した熱源負荷は、
「建築設備設計基準」の計算方法で計算した熱源負荷に対し、冷房負荷は大きくなり、暖房負荷は小さくなりました。
エクセル負荷計算による冷房負荷が大きくなったのは、太陽位置によるガラス透過日射熱取得と、蓄熱負荷による影響によるものです。 ガラス透過日射熱取得に関しては、必ずしもこのようになるわけではありませんが、 一般的には、蓄熱負荷を具体的に計算するHASPEEの方法での計算結果が大きくなる傾向にあると思われます。 ここでふと疑問が生じます。「建築設備設計基準」による計算方法は、「空気調和・衛生工学便覧」(Ref6)の方法に近く、広く一般に使用されてきた方法です。 今回、HASPEEの方法で計算した結果に比べ、「建築設備設計基準」で計算した冷房負荷はやや小さく、空調機容量や熱源容量が過小評価されるはずです。 にもかかわらず、長い間、空調機や熱延機器の容量が不足したという話はあまり聞きません。これはなぜなのでしょう。 その理由は、おそらく空調機器選定時の各プロセスにおいて乗じられる、様々な係数ではないかと考えられます。 まず「建築設備設計基準」では顕熱負荷に対して余裕率1.0~1.1を乗じることとしています。 つぎに冷却コイル及び加熱コイル能力の計算時には、経年係数として1.05を乗じます。 また、空調風量そのものは顕熱負荷からそのまま計算するわけですが、ダクト系の圧力損失計算を行う際に余裕率を見込むとすれば、 空調風量にも余裕が生じ、結果的には顕熱処理能力にも余裕が生じることになります。 さらに加えて、各空調機メーカーが機器選定時に見込む余裕率など、おびただしい量の根拠のあいまいな係数が乗じられるのです。 熱源機器の場合は、ポンプ負荷係数、配管損失係数、装置負荷係数、経年係数、能力補償係数など、これもまた盛りだくさんな上に、表5-2の集計方法の問題もあります。 昨今の厳しい経済環境のなかにあり、空調システム設計者に対する、イニシャル及びランニングコストの削減要求は限界ともいえるほどになっております。 一方で、温暖化防止のために、低CO2要求もあり、無駄のない空調システムの設計は一層重要となっています。 このとき、どのような素晴らしいシステムを考えたとしても、その基礎となる熱負荷計算がより正確で誤差の少ないものでないと、そのすべては空中楼閣と化してしまいます。
【結び】無駄のない空調システム設計のために HASPEEで示された新しい最大熱負荷計算方法は、
より現実に近い温湿度データ、観測値の直散分離による日射データ、実用蓄熱負荷など、
最新の理論に基いており、その精度は飛躍的に向上しているものと考えられます。
HASPEE方式でより正確な熱負荷計算を行うこは、無駄のない空調システム設計の第一歩となるのではないでしょうか。


このページで使用した入出力データ このページで実際にエクセル負荷計算が出力した計算書と入力データをダウンロードしてご確認いただけます。
入力データには、ダブルコイル、デシカントの場合の系統別条件表も含まれていますので、ぜひダウンロードしてお試しください。
 出力された計算書はこちら⇒browncover_outputstdahu.xlsx
 入力データはこちら⇒browncover.xlsx
上記の入力データを使用する際には下記の熱貫流率データが必要です。
 熱貫流率データはこちら⇒browncover.hluv

■熱貫流率データのインポート方法
リボンの[負荷計算・設定]タブから[熱貫流率データインポート]ボタンをクリックしてください。  


参考文献 Ref1 国土交通省大臣官房官庁営繕部設備・環境課監修,一般社団法人公共建築協会:建築設備設計基準(平成27年版) (2015-8),一般社団法人公共建築協会
Ref2 国土交通省大臣官房官庁営繕部設備・環境課監修,一般社団法人公共建築協会:建築設備設計計算書作成の手引(平成27年版) (2016-1),一般社団法人公共建築協会
Ref3 公益社団法人 空気調和・衛生工学会:試して学ぶ熱負荷HASPEE ~新最大熱負荷計算法~(2012-10),丸善
Ref4 渡辺俊之,浦野良美,林徹夫:水平面全天日射量の直散分離と傾斜面日射量の推定,日本建築学会論文報告集第330号(1983-8)
Ref5 国土交通省 国土技術政策総合研究所,独立行政法人建築研究所(注2): 平成25年省エネルギー基準(平成25年9月公布)等関係技術資料-一次エネルギー消費量算定プログラム解説(非住宅建築物編)-, 国総研資料 第762号,建築研究資料 第149号(2013-11),pp.100-108
Ref6 公益社団法人 空気調和・衛生工学会編:空気調和・衛生工学便覧(第14版),1 基礎編(2012-10)